【神宮前の10坪 (路面店) 】わざわざ怒られに来る人も!?神宮前のアニキとはこの人のこと!!BAR EBONYの海老澤さんにインタビュー!

BAR EBONYの海老澤さん

10坪の可能性を信じ、挑戦している方のお話を聞く「10坪ストーリー」。
今回は、渋谷区神宮前2丁目で13年。知る人ぞ知る、地元の人のよりどころ、BAR『Ebony』。
カウンター8席のみ、6.5坪でカウンターの店舗で一人で立ち続ける、海老澤さんに取材させていただきました。 

ロックを注文すると包丁一本でアイスを作る神業(befor)

ロックを注文すると包丁一本でアイスを作る神業(befor)

ロックを注文すると包丁一本でアイスを作る神業(after)

ロックを注文すると包丁一本でアイスを作る神業(after)

なぜバーをやろうと思ったんですか?

単純な話で、18才の時にバーに憧れた瞬間どっかであったんだよね。
そもそも高校生の頃から、会社員になることへの恐怖がすごいあった。それで、その頃にイメージがつくのなんて、せいぜい飲食店くらいじゃん?どっかのドラマでバーの描写があって、飲んでる人よりそのバーに立っているバーテンダーがかっこいいと思ったのが興味を持ったきっかけだったかなー。
でも18才の同い年と話し合っても、バーに行ったこともないのにバーやりたいなんて言えなかったよね。
それで、大阪に行ってバーのバイトを探して、ビビりながらものぞいて、面接してもらった。

大阪に行った理由は?

うーん、興味本位かな?ただ大阪に住んでみたかった。
地元の神奈川の高校に行ってたんだけど、当時はやんちゃで色々と訳あって、転校する必要があって。(笑) 次に千葉の学校に行って高校生で下宿して。そのなんか自立できた感じの変な自信で、大阪にいけばもっとなんかあるんじゃないかという好奇心で行った。

BAR EBONY カクテル

大阪の生活はどうでしたか?

嫌われたりするのかなと思ったけど、逆で、東京モンというだけですごくちやほやされた。
東京にこういうのないだろう、とか。18才で東京から大阪に行く人なんて今よりずっと少なかったからかな。働き出したバーも、もうほんとすごかった。ぶっ飛んでたね。
少し広めのレストランバーで、カナダ人とオーストラリア人が俺の上にいただんけでど
そいつらは基本的に楽したがる典型的な外国人で、サボりたがりなので、俺がどんどん仕事覚えてできるようになるとめちゃくちゃ喜んで、なんでもかんでも任せてやらされたんだよね。

初日に、カクテルのメニューとメモ用紙を渡されて、明日までに全部書いて覚えてこいって言われて、
できる訳ないじゃんって思いながらも徹夜してなんとかやって翌日に持って行ったら、『は?お前バカか!?本当に1日でやったのか!!』って。(笑) やってこいって言いながらも誰もそんなめんどくさいことやって来ないだろうって思ってたみたいで。(笑)

まぁでもそんな彼らとやったからこそ、全てを早めに経験できて、今こんな形でやれた。
その人たちと最初にやってなかったら、こういう形で自分でお店持ってやって行けてなかったのかなと思うし、本当にいい経験させてもらったなと思うよ。

メニューは覚えていったコツは?

そこのお店はオーナーが酒飲まなかったし、勉強のために酒を飲むのは良しとされてなかったから、なかなか大変だったね。お客様に飲んでいいよ、と言われた時に色々試して作って覚えていったね。
あとは知らないお酒とかをひたすら酒を買って、家に置いて、それが好きになるまで飲み続けるっていうのを続けていた。これは何にどうやったら合うかをひたすら考えてたりもしてたね。

海老澤さんの仕事風景

『Ebony』を始めるまでは?

なんだかんだいろんな場所でいろんなことをやらせてもらったかな?
18〜20才で大阪の飲食店を経て、別の仕事で東京きて、北海道のホテルでバーテンダーして。
それから22才の時に、自分の好きなお酒がどうやって作られてるか知らないといけないだろうと思って、工場を直接観に行こうとアメリカ行って。3ヶ月間ひとり旅に行ったんだよね。いろんなバーを見て勉強しつつ、好きな道を好きなバイクで走りつつ、工場行って、あれはすっごい楽しかったね。生きている実感がを感じれた3ヶ月間だった。(笑)
英語は話せなかったけど、相手の国に行って、相手の国の言葉を話さないのは失礼だから、間違いはあるだろうけど、それなりちゃんと話せるように努力した。

それで日本に戻って来て、バーテンダーで本格的にやろうと考えたけど、そりゃそんなうまいこと行かないよね、全然雇ってもらえなくて。(笑)
なので、当時はニコンの工場で働いてたりしてたよね。
お金はないけど自分のやりたいバーのイメージだけあったから、工場や飲食店などいろんなお働きながら、いろんな不動産に片っ端から物件を探して回って、お店の相場観と金額を勉強して、どれくらいのお金があってどうやったらできるか、を常に考えながら働いた。雇う側からすれば最悪なやつだったかもしれないけどね。(笑) 働かせてもらったお店でも、そのお店のいいところと悪いところを全部わかってから次のお店へ転職しようと決めて働いていた。悪い点の改善策も提案して、それがちゃんと受け入れられればそれはお店の役に立てるし、逆に「若い下っ端のお前が口出しすんな」みたいな対応だったらすぐやめて次に行ってた。独立前提で働いていたから、良くも悪くも普通のバイトの目線で働けなかったよね。

海老澤さんのやりたかったこととは?

音楽も、作るお酒も、これがかっこいいだろという自分の明確なイメージはあったよ。
おれがやりたかったのは、まさに10坪くらいの話なんだけど、自分の目の届く範囲内のお店を自分が思う完璧を目指せるお店、自分で完結できるお店がやりたかったんだよね。
お酒はそこそこ美味しいものを作れる自信はあったけど、人間としてもまだまだで接客なんてろくにできないし、自分の真意をちゃんと伝えれる場所じゃないと店が潰れると思ったんだよね。
人を雇っても難しいと思った。地に足つけてやっていかないといけないと思ってやっているよ。

バーカウンター

そもそもなぜこのお店だったの?

とらさんという、お世話になったとんでもない人がいたんだけど、その方が住みながら居酒屋として貸していたお店が続けられなくなり、そこが空くから、だったらここでやれば?という話になった。

とらさんって?

近くの店舗で働いていた時に、お客さんとして来たトラさんにえらく気に入ってくれて、トラさんもお店をやっていて、気が向いたら飲みに来いと言われて仲良くなっただけの、最初はただのご近所さんだったね。もともと洋服づくりなどをしていて、いっときはイブサンローランからの発注を受けるくらい腕のある方だったみたいなんだけど、俺にとっては風変わりなただの酔っ払いの破天荒なおっさんだったね。大家さんでもなんでもないのに、勝手に人に貸してしまったりしてさ。

どうせ家賃滞納するだろうからおれが預かるから数ヶ月分まとめて支払えと言われて、数十万円支払ったんだけど、数時間後にその辺に歩いている知らない奴らも引き連れて、飲みに行っちゃったりして(笑)

毎晩毎晩その調子で飲みにいくから、それおれが渡したお金だろ、と言うと、人に渡したお金をごちゃごちゃ言うんじゃねー、と言われたりして(笑)。家賃をどう払おうがおれの勝手だろって。(笑) ごもっともではあるけど、ぶっ飛んでたよね。

あと、『若い子やお金ない人からは取るんじゃない。お金っていうのは持ってるやつからいくらでも取ればいいから、若い金ない子にはタダで飲ませろ』って言われたりもしたね。そんなわけには行かねーだろって事ばっかりだったね。

独立するのは今だ、思ったタイミングって?

とらさんにここでやってみないか、と声をかけられた時だね。本当にこの人を信用してこの場所で開業していいものか?かなり迷ったけどね。その人は絶対おれをちょろまかしてくるのはわかっていたから。一休さんのとんち比べのようなやりとりばっかりだったよ。
でもものすごく感謝はしているよ。いろんなことも教えてもらったし良くも悪くも。合わないなと思ったことも多々あったけどね。

13年やってきた中で、苦労したこととか嬉しかったこととかありますか?

そりゃ長くやっていれば色々あるけど、おれが辛いと思う辛さは、鼻くそだと思うよ。
いろんな人に助けられて、本当によくしてもらって、やってこれたかなぁと思う。
ここで13年こうやってやってこれて、今ここに立てていることはもう感謝しかないかな。

ただ強いて言えば、ちょっと違う角度だけど、一人で自分でやりきれるようにしかやってこなかったので、誰も育ててこなかったから、例えばいい物件の場所でやらないかとか、海外でやらないかと言われた時に、他に人がいないからやりようがなくて。そこは自分の幅を自分で潰してしまっていたなぁと思うし、そうしてればまた違ったのかなと思うと、少し辛いよね。

上から見たバーカウンター

今後の展望は?

しばらくはこのままかな?
うちは、一人でやっていけたらいいという感じでスタートしたから、現実的なところもあるしね。
しかしこの街で本当によかったって思うよね。
近隣の人が可愛がってくれて、よくしてくれて、暇そうだったら寄ってくれて、お客さん紹介してくれて。本当に助け合いができている。そのおかげで自分も周りにお店ができても、一緒によろしくやっていこうね、というスタンスで関われるようになったんだよね。

神宮前を選んだ理由は?

そうだね、最初は、場所はどこでもよかった。
10坪以下のお店で回しきれなかったら、それはもはや自分の責任。そのエリアに知り合いがいようがいなかろうが、関係ないよね。どんな街でも、人は住んでいるし、そこの人たちと合うか合わないかは、ある程度運次第。
共に育つ奴もいるし、ずっと守ってくれている先輩たちもいる。

お客さんから言われて一番嬉しかったことは?

もうありすぎて、難しい。
俺本当に運だけは良くて。嬉しいことなんていっぱいあるよ。
外国人がきたら絶対ここのお酒を飲ませたい、と思って連れてきてくれる人もいるし、ここは絶対自分の場所だから誰も連れてこないって、一人で来る人もいるし、なんかあったらとりあえずうちに報告しにきてくれる人もいる。

酒をうまく作るなんて、料理を美味しいものを作るのと同じで、大したことじゃない。
そんなことはできて当たり前の話。居心地がいいか悪いか、人と人のコミュニケーションをとる場所で、お酒という媒介を提供してプラス何を提供できるか、という話で。俺は酒しか出せないから酒なんだけど、その人にとってどう居心地よく感じてもらえるかが大事だよね。
辞めれなくなる。抜けどきがない。
13年やってると、ここに愛着も湧くし、この街の面白さもわかって来るし、そうなって来ると次どこでやるかとかって考えてみても、こんなに面白い気持ちでやれる場所なんてなかなかないよね。

自身の過去を語る海老澤さん

 

お店でこれだけは大事にしていること

ありすぎて、色々考えて来て結局これがっていう正解みたいなものはないね。
いろんなところにあるからさ。
長年やってきて思ったのが、これだけはと思っていたものもあったけど、それが許される時もあれば、ダメな時もあっていいのかなって思ったんだよね。

例えば、この狭い店内で1グループがガハハと騒ぐと迷惑だからとかって最初は注意したりしていたけど、いいじゃん、他にお客さんもいなかったら。それが居心地良ければ。
その都度、あり方なんて変わっていいのかなって。状況によって。

お客さんがきた時は、どうでもいいけど、お客さんが飲んでお会計して帰るときには、きてよかったなって笑顔で帰れるようなお店ではあり続けたいなと思うけどね。
ただ、それでも俺ってガーガー言っちゃう男だから、可愛がっている年下の子とかがうだつ上がんないこと言っていたら、言い過ぎちゃうこともあるんだけどね。(笑)

それがかえってよかったりするんですよね、お客さんにとって。怒られに来るみたいな。

そうそう、まさにそういう奴がいてさ。
けっこーガツンと言っちゃったなーと思った次の日にまたきて、『昨日はありがとうございました』なんて言ってきて、こいつ懐でかいなーって、俺も言いすぎたとは思うけど、本心は本心だからーって、ごめんとかって言い切れずに。笑

そいつはでも俺がいくら言ってもめげずに来るやつで、今はスイスでいいホテルの寿司屋を任されて頑張っているよ。それでも俺はいうけどね。たまに帰ってきたら必ずきてくれるんだけど、ドイツ語、フランス語、英語とかいろんな言語話せるようになりましたってきたりするんだけど、そんなのどうでもいいからまず日本語で俺を笑わせることができないようじゃ意味ねーから!まずは母国語で笑わせてみろ!って。(笑) 外国語なんてその後だって。(笑)

後嬉しいのは、地方出身の常連さんが、親父連れてきたとか家族連れてきたとか。
それはもう、そいつからしてみたら、絶対安心できる場所というか、信頼できる場所というか、そんな場所にしてくれてるのは、ほんとやっていてよかったなって。
親父を飲みにいくときに、ここがいつもいくとこだよって紹介できるところなんてなかなかないよね。

このお店の面白いポイントありますか?

うちのドアがね、めちゃくちゃ重い。建物の劣化で。真ん中がひしゃげちゃって。
オープン当初からきてくれているお客さんが、実家の内装関係の仕事を継いだからって言って、色々面倒みてくれて、そのドアもみてもらったんだよね。わざわざお父さんとお母さんを連れて来てくれてさ。(笑)ほんとお客さんに支えられてるなって嬉しくなる瞬間だったね。

手作りのロックアイス

10坪不動産については?

若い時にこのサービスに出会っていたら、もっと早くお店を持てたかもしれないし、早くなくても多店舗展開などを考えられたり、自分にない目線を持てたり、相談できたよね。
10坪不動産は、誰もが知っているものでなくていいから、ほんとに求めている人にはちゃんと行き着くような、そんなサービスであって欲しいなと思いますね。

店内の様子

これから独立する人へのメッセージ

これだけは言いたい。やりたいことがあるんだったら、本気だったら絶対やるべきだと俺は思う。
俺が店を出す時も、いろんな人に話してイメージが湧かない人には反対されたけど、否定する人の意見を聞くよりも、絶対応援してくれる人もいるから、何かやろうとした時は、日本に生まれている以上は、頑張り次第である程度なんとでもなるし、なんでも挑戦できるから、絶対やるべき。
そのあとに、おかしいと思うところや修正すべきところは修正したらいい
計算したって、最後はやってみないとわからないからね。お金借りるところについては、事業計画書だったり憶測や考え込んだものだけど、そんなもんでみんなできるんだったら誰も苦労しない、ただの見込みだからさ。
それ以上にやれることをちゃんと継続してやる、というのが大切だと思うね。
世の中、なかなかやりたいことも明確に見つからない人の方が多い中で、やりたいことがあるんだったら、絶対やるべきだと、強く思うね。

あとは、10坪くらいの飲食をやるのであれば、どんな空気を作れるかが重要だよね。
そのためには、人と人が一番重要。それの媒介が酒か料理か、なだけであって。
有名ホテルに、とか大手が、とかってあるけど、そのコンテンツを過大評価したって続かないよね。

とか言って、まぁ俺はケッコーサボってるけどね!笑

BAR EBONY×10坪ストーリー

ご自身のやりたい世界観だけを追求した店舗づくりをされていて、シンプルにとてもカッコイイよかったです!
またインタビュー中も外から「今日は満席かなー?」とお店の中を覗かれる方もちらほら来られて、
この場所が神宮前2丁目にとって「無くてはならない場所」となっていることをひしひしと感じました!

【※取材店舗情報※】

店舗名:BAR EBONY

住所:〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-23-4 

店主:海老澤 宏幸

営業時間:22:00~翌5:00

電話番号:03-3796-8021

定休日:月